物欲がサボっている
最近の世間は物価高やら、円安やらで節約志向が高まってきている気がする。
かくいう僕も節約にいそしむ一人の会社員だ。
といっても行っていることは家計簿をつけ収支を把握し無駄であろう出費を減らすだけ。特別なことは何もしていない。
そもそも物欲があまりないせいで、物を買おうという気が起きない。
例えば服や靴を目の前にしても、「今持っているもので代用できるしなぁ」と思ってしまう。そうしてその場では買わずに日をまたぐと、「無くてもどうにかなったんだから平気だろう」と思ってしまう。
酒や車に関しても同様。今日は無くてもどうにかなったのだから、明日もいらないよねという感じ。随分味気ない人生だなと我ながら思う。
これではいけない。もっと頑張れよ僕の物欲。もっと欲しい物あるはずだろう。
どうやら僕の物欲はやる気がないらしい。しっかり寝て、しっかり食べれば物欲も湧いてくると思う。
はて物欲があるから物を欲しがるのか、物があるから物欲が湧いてくるのか、、
裏世界ピクニック すべてを放り出して異界に逃げ込みたい
裏世界ピクニックを読了した。
この小説はタイトルの通り女子二人が怪異蠢く異界で、サバイブする小説だ。
以下wikipediaより引用文。
廃屋内の扉から〈裏世界〉を発見した紙越空魚は、くねくねを目撃し命を失う危機に陥り、仁科鳥子に助け出される。後日、大学を訪ねてきた鳥子に、〈裏世界〉の探索に協力して欲しいと請われ、共に〈裏世界〉を調査することとなる。
裏世界という設定に心惹かれるものがある。異界には人間が存在しない。
自分以外に人間がいない世界を心置きなく探検出来るというのは、僕にとっては特別に心惹かれるものなのかもしれない。
僕は常々そういう世界が存在したらいいのにと考えてしまう。
肩書も、人間関係も、金も、所有物も全てをこの世界に置き去りにして、違う世界を肉体一つで彷徨いたい。そういう欲求が僕にはある。ほかの人にはないのだろうか。
異界と聞いて以前、常川光太郎さんの「夜市」を読んだ時も同じような感情を抱いたことがある。正確には「風の古道」というもう一つの短編に惹かれたのだが。
「裏世界ピクニック」と「夜市」この二作品の根底に共通することは、怪しくも惹かれる異界存在がある。そこではこの世の理は通用しない。異界独自の法則があるのだ。
下手をすれば命を落としかねない。それでも、、
会社もブログの更新も放り出して、異界に逃げ込みたいと思う今日この頃。
僕のブログ更新が途切れたらそれはつまり、、、
この小説の面白さは主人公とその相棒の関係性にもあるのだが、それについてはまたの機会に書いてみようと思う。
結婚観について
結婚について、将来の事について考えることが多い。それも割と悲観的に考える事が多い。このまま誰とも結婚しないんじゃないだろうか。
誰とも話さない休日にこの生活があと何十年も続くのかと考えてしまう。
前までは休日に読書をしたり、映画を観たりする事が何よりの楽しみだった。だが今は違う。
それは私が成長したからなのか、脳の受容体が減少してしまったからなのかは分からない。一つ言える事はなんだか猛烈に寂しいということ。このまま5年10年過ごす先で私は心から笑えているのだろうか。
おそらくこのままの生活だとどんな功績を挙げても満足は出来ないだろう。
おそらくこの一連の心の不安感は他者と会話をしていないために起こるものだろう。
ならばこれからはこの不安感を取り除く方法を模索していかなければならない。
寒さの中で思うこと
寒さの中で思うことがある。この時期の朝床を這い出る束の間は本当に気力がわかない。寒いと何もかもが億劫になる。食事をとることも、着替えることも何もかも。
もう少し寝ていたいのに起きなければならない。そんなことを繰り返していたら、心と体の乖離が始まるのは私だけだろうか。
たぶん鬼がいるんだと思う。何か良くないものがいて私の気力を奪うんだろう。
この時期は毎年心が揺れ動きやすいのかもしれない。
QBハウス来りて
皆さんはQBハウスというものをご存じだろうか?数ある美容室の中でも圧倒的なコストパフォーマンスを誇るのが、QBハウスなのである。その値段驚きの1,200円である。
その激安の値段もさることながらそのサービス体系自体も驚きで、予約不要でヘアカットを行えるのである。仕事終わりにふらっと立ち寄れるのである。
私も髪が伸びていたので、早速会社近くのQBハウスを検索して仕事終わりに行ってみることにした。
来店してみると店内は小奇麗で全年齢層が入りやすい雰囲気である。
シャンプーなどはなく席に呼ばれたら、どのような髪型にするのか伝えた後ヘアカットに移る。
事前にホームページを覗いてみると短時間でカットを済ませることを謳い文句にしていたので、カットが雑になってしまうのではないかと危惧していたが実際はそのようなことはなく実に丁寧にカットして頂いた。
私の中に新しい可能性が芽生えた瞬間である。
今後の人生で何回髪を切るのかは定かではないが、そのほとんどをQBハウスにお願いすることになるだろう。そんな予感がする。
明日が月曜日であるということ
「忘れたい」というのはなにも過去に起こった事象に対して思うことではない。
これから起こる逃れようのない事実に対しても思うことでもあると思う。
明日が月曜日であることは時間の流れに逆らわない限り抗うことは不可能である。
明日が月曜日であることなど忘れてしまいたい。
なのでどうすれば明日が月曜日ではなくなるのだろうか。
考えれば考えるほど忘れられなくなるというジレンマ。
あしたが月曜日であることを忘れたければ、明日が月曜日であることは考えてはいけないのである。
ゲームでもしよう。
土塊昇天現象について
深緑野分の「空へ昇る」という短編を読みました。
タイトルにある土塊昇天現象について人類がどう向き合ってきたのかその歴史の話。
物語の前半は哲学者や物理学者や天文学者のやり取りが続く。
その現象というのは土が天に昇っていくという架空の現象であるが、物語の中ではその現象を完全には把握出来るものは現れなかった。
なぜ何のために土塊は昇っていくのか。
「そういうものだから」そう言われたら「そういうものか」と返す。
その浮遊感がなんだか心地いいのである。
でもやはりその現象を最初に見た人間は驚いたのか気になってくるものである。